週刊読書マラソン

積読消化をめざすささやかな悪あがきの記録

田中洋子編著『エッセンシャルワーカー』(3)

ついに更新が水曜にもつれ込みました……。週刊読書マラソン第8号は引き続き、田中洋子編著『エッセンシャルワーカー―社会に不可欠な仕事なのに、なぜ安く使われるのか』(旬報社、2023年)です。

今週もバタバタしており、第3部しか読み終わっていません。

 

 

本書の構成(のうち今回読んだところを抜粋)

●第Ⅲ部
病院、介護の現場はどうなっているのか
女性が中心に担うケアサービスの過酷さ
第1章 日本の看護  田中洋子、袴田恵未
第2章 日本の訪問介護 小谷幸
第3章 ドイツのケア職(看護・介護) ヴォルフガング・シュレーダー、ザーラ・インキネン、田中洋子[監訳]

旬報社より)

 

本書の面白かったところ、新しく学んだところ

今週読んだ第III部は、医療・福祉のケア職に光を当てていました。看護職については家族に従事者がいることもあり、イメージのつくところがあった一方、労働環境の改善への努力などは比較的前向きに読めるところでした。

ところが訪問介護は、うっすらと重労働だろうなと思っていた自分のイメージはだいぶ甘かったなと思わされました。それは、大学の専業非常勤の先生とも(時給などはもちろん違えど)重なるところがあると思うのですが、移動時間や待機時間、そして報告書の作成時間(講師であれば授業準備や採点に近いものがありそうです)が「労働時間」としてカウントされないなど、実際の実入りが低くなってしまう仕組みになっていることです。要介護者のQOLに大きくかかわる専門職であるにもかかわらず、(本文の中でワードそのものは出ていませんでしたが)実態としてはウーバーイーツなどの「ギグワーカー」に近い働き方になってしまっているように見えました。本文中で言及のあった「準市場」の問題も影響がありそうで、そういえばルグランとか積んだままなので読まなきゃ……。

本書はこの第III部でも、ドイツのケア職のあり方との比較を行っています。確かに、介護保険も高齢者ばかりが対象でよいのかということ(ドイツは子どもなども対象になりうる。日本の障害年金と近い?)や、在宅介護をする家族・友人にも介護保険が支払われることなど、魅力的な部分はありました。ただ、今日の日本では「増税」といったときに文字通りの増税というよりかは、社会保険料の負担感の重さが語られるなか、ドイツではどういう負担の設計とプライオリティの付け方になっているのかな、というのはやはり気になりました。

田中洋子編著『エッセンシャルワーカー』(2)

もはや毎週火曜日更新と名乗った方がいい気がしてきました。週刊読書マラソン第7号は引き続き、田中洋子編著『エッセンシャルワーカー―社会に不可欠な仕事なのに、なぜ安く使われるのか』(旬報社、2023年)です。

先週はやや忙しく、第2部しか読み終わりませんでした。このペースだと1ヶ月かかってしまうのでもう少しペースアップしたい……。

 

 

本書の構成(のうち今回読んだところを抜粋)

●第Ⅱ部 
自治体相談支援、保育園、学校、ごみ収集の今
予算削減で進む公共サービスの非正規化
  
第1章 自治体相談支援員  上林陽治
第2章 保育士 小尾晴美
第3章 教員 上林陽治
第4章 ごみ収集作業員 小尾晴美

旬報社より)

本書の面白かったところ、新しく学んだところ

今回読んだ第II部は、私たちの生活に密接に関連した職業が取り上げられていました。教員については、仕事上ある程度基礎知識として知っているところ(教職調整額、非正規依存)もありましたが、他方で待遇の優位性の低下などの歴史的経緯には明るくなかったので勉強になりました。

また、保育士についても、例えばドイツの幼稚園教員運動などの抽象的な文脈で、学校の教員と切り離されて低位にとどめおかれた経緯は学んだことがあったのですが、日本の文脈での待遇悪化については初めて知るところが多かったです。

個人的には第1章と第4章の公務員の待遇が非常に印象的でした。とりわけ、ごみ収集の作業員という、あまりにもエッセンシャルな仕事が劣悪な労働環境におかれていることはどうしようもなくもやもやします。AIに代替される仕事はなんだ、といったそれこそあまり生産性のない「脅迫」はありふれていますが、どう考えてもAIに代替されえないエッセンシャルな仕事はどのように持続可能な形で残していけるのか、そちらの方がよっぽど気になるところです。どうも資本主義にまかせてもうまくいくとも思えませんし。

 

 

田中洋子編著『エッセンシャルワーカー』(1)

今週も1日遅れの更新になってしまいました。週刊読書マラソン第6号は、田中洋子編著『エッセンシャルワーカー―社会に不可欠な仕事なのに、なぜ安く使われるのか』(旬報社、2023年)です。

コロナ禍で注目された「エッセンシャルワーカー」に光を当て、その社会的重要性に比してなぜ待遇が劣悪なのか、その構造と打開策を明らかにした大著です。大著なので、全然読み終わりませんでした(言い訳)。じっくりと読み進めていきたいと思います。

 

 

本書の構成(のうち今回読んだところを抜粋)

●第Ⅰ部  スーパーマーケット、外食チェーンの現場
フルタイムとパートタイムの処遇格差‒‒—ドイツとの比較
 第1章 日本のスーパー  三山雅子
 第2章 ドイツのスーパー 田中洋子
 第3章 日本の外食チェーン 田中洋子
 第4章 ドイツのマクドナルド 田中洋子

旬報社より)

本書の面白かったところ、新しく学んだところ

今回読んだ第I部は、スーパーマーケットと外食チェーン産業に焦点を合わせた章が並んでいます。現在では早朝から深夜まで当たり前のように営業している日本のスーパーマーケットが、それほど歴史のあるものではないこと、雇用をめぐる状況の変化によってパート従業員への依存度が徐々に高まっていったことが明らかにされています。

また、日本の外食チェーンについては、ファミリーレストランとカフェが事例として挙げられており、しかもその実態が当事者への克明な聞き取り調査によって記述されている点は非常に興味深かったです。どちらも大変な仕事であることは言うまでもないですが、特にカフェのマネジャーの仕事については、いくらなんでも時給1000円前後で学生が担うには重すぎる仕事なんじゃないの、とやるせない気持ちになりました。

スーパーマーケットに関しては、実際の仕事内容よりも、正社員かアルバイト/パートかという雇用形態や転勤の可否によって待遇があまりにも違う、極めて複雑怪奇な制度であることが示されており、これはメンバーシップ雇用を取る民間企業全般に共通する特徴であろうと思いました。これに対して、編著者である田中氏は、ドイツのスーパーマーケットとマクドナルドを事例に、仕事の種類で賃金体系が決まり、労働時間による比例配分を行う、シンプルな雇用のあり方を紹介しており、この点は素直に勉強になりました。

他方で、雇用の問題は法制度や教育システムとも不可分に結びついていることも事実です。実際、ドイツのマクドナルドで働くことが職業教育と結びつくルートも4章で紹介されていました。このシンプルな雇用システムをひとまず肯定的に評価するとしても、日本で導入するうえでの障壁などが個人的には気になりました。

例えば、正社員の解雇規制をゆるめる(=正社員の特権性を削っていく)アプローチも導入プロセスのなかでは必要になるかもしれませんが、ともすると5年雇い止めルールと同じような帰結を生み出しかねなさそうな気もします。あるいは、当該企業のなかの労働者のプールに対して大きな比重を占める従業員に対して、この賃金体系で雇用をした場合に経費の大幅な増大となる、といったことがあれば、(経営者側から見た)持続可能性が低そうです(その場合は労働組合等、労働者側の働きかけや最低賃金政策による誘導がより重要なファクターになってくるでしょう)。このあたりの課題について気になりましたが、もしかしたら最後の第Ⅴ部で論じられるのかもしれないので、腰を据えて読み進めようと思います。

 

トーマス・S・マラニー、クリストファー・レア『リサーチのはじめかた』

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

1日遅れての更新になってしまいましたが、週刊読書マラソン第5号は、トーマス・S・マラニー、クリストファー・レア『リサーチのはじめかた―「きみの問い」を見つけ、育て、伝える方法―』(安原和見訳、筑摩書房、2023年)です。

極めて広いくくりでいえば、研究方法論の本とも言えなくはないですが、研究対象に迫るメソドロジーの本でもなければ、『できる研究者の論文生産術』のような研究生活の方法論というのとも異なる本で、どちらかといえば研究を始める前の問いの磨き方のような本です。題名の通り、研究を始める手順みたいな感じで、リサーチクエスチョンを形づくるところ、先行研究がどこにあるかを把握して踏まえるところ、予算の申請書や論文を書き出すところ、あたりまでがこの本の射程のように見えました。

 

 

 

本書の構成

はじめに

第1部 自分中心の研究者になる

 第1章 問いとは?

 第2章 きみの問題は?

 第3章 成功するプロジェクトを設計する

第2部 自分の枠を超える

 第4章 きみの〈問題集団〉の見つけかた

 第5章 〈分野〉の歩きかた

 第6章 はじめかた

おわりに

『リサーチのはじめかた』筑摩書房公式サイトより抜粋)

 

本書の面白かったところ、新しく学んだところ

本書のスタンスは極めて明確で、問いとは自分自身のなかにその萌芽があり、したがって内側から問いを打ち立てていかなければならないということがかなり強調されています。また、「テーマ」と問いは異なるということも、特に第1章・第2章において言い方を変えて何度も提示されています。

本書が強調している「問いは自己の内側から生まれるものである」ということは、一見当たり前のようで、実際にそれを徹底することは難しいことでもあるように思います。例えば、大学院生であれば学振特別研究員の申請書(とりわけDC1)を意識すると、キャリアの初期で業績となる成果を早く出さなければとプレッシャーを感じることがあります。本書にもあるように、外向けに申請書を書くことは、研究開始のプロセスのなかでもかなり後のステップで行うことのはずなのですが、手っ取り早く人に研究を説明できるようにならなければと思うと、自らの問いを深めることがおざなりになってしまうということは起こり得るでしょう(少なくとも私は身に覚えがあります)。まずは自己の問いとしっかり向き合って磨くことが大事、というのはその通りであるように思います。

もう一つ本書の面白いと思ったところは、第3章でプロジェクトの可能性が論じられていたところです。問いそのものが興味深いものであったとしても、卒論・修論・博論ではそれぞれかけられる時間やリソースが異なりますし、研究者本人の気質やおかれている状況によってフィールドワークが難しいなどということもあります。そのようなさまざまな制約のなかで現実的に可能なプロジェクトを考えるという視点が論じられているのは、個人的には新鮮に感じました。

というわけで、挫折を繰り返しながら七転八倒研究を続けてきた身としては、「確かになあ」と思うところが多い本だったのですが、では修士の時に本書を読んだら迷いなく研究をできたかというとそういう自信もあまりありません。いくつか理由はありますが、本書で挙げられているプロセスやたとえ話などがあまりにも具体的過ぎて、当の本人が自分の現在地を把握するのは意外と難しい本なのではないかなと思ったのが一番大きい理由です。

どちらかというと、第6章にあったように、研究生活をある程度経験した人が、大学院生など他者の研究のプロセスに示唆を与えようと思ったときに、そのアプローチの一つとして勉強になる本なのかなと思いました(私の勘が悪いだけかもしれませんが……)。また、職業研究者以外でリサーチに関わる人が本書を読んだらどんな感想を持つのかな、ということも気になりました。

村上祐介・橋野晶寛『教育政策・行政の考え方』

週刊読書マラソン第4号は、村上祐介・橋野晶寛『教育政策・行政の考え方』(有斐閣、2020年)です。

教育政策を専門としている東大のお二人の先生が書かれた教育政策・行政の教科書で、従来の個別の教育政策を論じる「トピック型」ではなく、理論的な概念や政策選択の対立軸をベースにしているところに本書の特徴があります。

 

 

本書の構成

序 章 本書の考え方と理論的問い
 第Ⅰ部 価値の選択
第1章 自由と規制
第2章 量的拡充と質的拡充
第3章 投資としての教育と福祉としての教育
第4章 選抜と育成
第5章 教育における自由と平等
第6章 投入と成果
 第Ⅱ部 価値の実現
第7章 事前統制と事後統制
第8章 権力の集中と分散
第9章 統合と分立
第10章 集権と分権
第11章 民主性と専門性
第12章 個別行政と総合行政
終 章 教育政策・行政のこれから

教育政策・行政の考え方 村上 祐介(著/文) - 有斐閣 | 版元ドットコムより引用

 

本書の面白かったところ、新しく学んだところ

自分はこの分野に疎いので、学んだところを挙げれば枚挙にいとまがないです。個別的な新しい学びとしては、北欧の高等教育機関はemployabilityとの関係から職業教育機関としての性格が強い(したがって、日本のような文学部・理学部は少ない)こと(第1章)や公教育の根拠を事業主体ではなく教育内容に求めると、事業主体の規制緩和を誘発すること(同章)、教員の人件費問題における教員数と給与水準のトレードオフ(第2章)、日本と免許更新制、メンバーシップ雇用との整合性の悪さ(第4章)、機会の平等と結果の平等の峻別の困難ディストピアとしてのメリトクラシー(第5章)、NPMとネオリベは必ずしもイコールではないこと(第7章)……など、ざっくり絞っても恥ずかしながらこんなにありました。

今挙げたように、第1部の「価値の選択」の論点はどれも興味深かったですが、個人的には自分の専門とも重なる第5章の自由と平等の価値の議論は特に示唆に富んでいました(と同時に、今までの不勉強をかなり恥じました)。他方で第1章〜第4章は授業などでもふれることが多そうなテーマで、とにかく興味を惹かれました。

第2部の「価値の実現」は、そもそも日本の教育行政のあり方について詳しくないので、第7〜10章についてはその議論そのものよりかは既存のシステムの組み立ての方が勉強になったというところはあります。ただ、その後の第11・12章は、村上先生のご専門が民主性と専門性のジレンマのようなので、熱がこもっているように感じられました。民主性と専門性の話は、司法でも裁判員裁判などには特にあてはまると考えられますし、今後も自分なりにより考えてみたい論点でした。

最後の読書案内も非常に親切でありがたいです。教育行政・政策分野を専門とする学部生や、大学院進学を目指す人には必携の中級者向け教科書だと感じました。常々感じますが、教育行政・政策の畑の人たちの「科学的」なスタンスとか、バランスの良さは見習うところが多いですね……。

 

今年の週刊読書マラソンの更新はこれでおしまいになります。よいお年をお迎えください。

春風社編集部編『わたしの学術書』

週刊読書マラソン第3号は、春風社編集部編『わたしの学術書―博士論文書籍化をめぐって―』(春風社、2022年)です。

今のところ、特に書籍を出版する予定は自分はありませんが、研究者が自身のキャリアや著書の出版について綴る試みはあまり目にしたことがなくて新鮮で、軽い気持ちで手に取ったつもりが一気に読み終えてしまいました。

 

 

本書の構成

(58人分あってあまりにも長いので割愛。春風社Webサイトをご参照ください)

 

本書の面白かったところ、新しく学んだところ

自分と同じ学問分野の方は少なかったですが、人文社会系の研究者のキャリアと書籍出版について、それぞれの著者のテイストで描かれており、読みやすかったです。

当然ですが、研究者というキャリアを歩み始める時期もそれぞれ異なります。自分の学問分野も比較的社会人経験のある人たちは多い分野だと思うのですが、「現場」と呼べるような職歴を経て研究を始める方は他の分野でもしばしばいらっしゃるのだなと改めて認識しました。その方が問題意識を明確にして研究を始められそうですね。

また、博士論文の執筆にどのくらいかかったか、そして学位を取得してから書籍化するまでの道のりもかなりバリエーションがありました。そのバリエーションに応じて、早期に出版することを優先して多少自分の手出しが多くなることを飲み込むか、出版を急がず助成金を取ることを優先するのかもさまざまで参考になりました。そして少なくないケースで、この博士論文の出版がライフステージの変化と重なることも見てとれました。

学術出版はあまりお金になる領域ではないと思うのですが、次の世代の研究の枝葉を伸ばすことにつながるという意味では尊い営みであり、研究者・出版社双方の努力に頭が下がる思いがしました。自分もいつの日か、そうした営みに続いていけるようになりたいところです。

山田優『ChatGPT翻訳術』

週刊読書マラソン第2号は、山田優『ChatGPT翻訳術―新AI時代の超英語スキルブック―』(アルク、2023年)です。

GPT-4の課金をしようと思ったら新規登録ウェイティングリストに入ったまんまの私ですが、どのようにすれば有効に使えるのかに関心があります。ただ、巷のビジネス書だと「エクセルの使い方」レベルのことしか書いておらず、今ひとつ食指が動きませんでした。その点本書は、翻訳の専門家が書いていることもあって、示唆に富んでいました。

 

 

本書の構成

Chapter 1 AI翻訳の進化の核心を掴む
Chapter 2 AI翻訳を駆使する「言語力」を身につける
Chapter 3 ChatGPTで翻訳する
Chapter 4 実践で学ぶChatGPT翻訳術
Chapter 5 AIと英語学習の未来予測

ChatGPT翻訳術 新AI時代の超英語スキルブック - 株式会社アルクより

 

本書の面白かったところ、新しく学んだところ

ChatGPTを使いこなすキモはプロンプトだということくらいは理解していましたが、そのプロンプトについて翻訳のプロが説明してくれているのが興味深いです。主張は極めてシンプルで、例えば「モダリティ」などといったメタ言語の概念を理解していることがプロンプト作成に重要であることや、AIの正確性は人間とさほど差がないものの、流暢性の観点でAIに強みがあることなどが示されています。基本的にこのシンプルな主張に沿って実例が紹介されるので、かなり読みやすかったです。

私自身の仕事だと、1年に1度くらいのごくまれな頻度で英語のメールをやり取りすることがあるので、そういう場面にこの本で学んだ技術が重宝しそうだなと思いました。あと文脈を意識した加工が容易にできるようになってくると、英語論文の投稿なんかもだいぶハードルが下がるような気がしています。

この本の事例では、有料版のGPT-4が前提となっているようでした。手元のGPT-3.5だと、まあ似たような答えは返ってくるけど、若干答えの質が劣るような気がします(気のせいの可能性もだいぶ高いですが)。早くGPT Plus解禁されないかなあ。