週刊読書マラソン

積読消化をめざすささやかな悪あがきの記録

阿部幸大『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』

なぜだかご無沙汰していました。週刊読書マラソン第25号は、阿部幸大『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』(光文社、2024年)です。結構話題を呼んでいる今年の本の一つではないでしょうか。

 

 

本書の面白かったところ、新しく学んだところ

個人的に知らなかったことが書いてあって感銘を受けたというよりは、アカデミックなトレーニングの中でなんとなく体得していったものが明確に言語化されていることに驚いた本でした。本書は「アーギュメント」を論文の核としており、よくある論文の書き方本で強調されているような「問い」は、論文には必ずしも必要ではないと主張しており、これは本当にその通りだなと思います。実際、「結論から逆算して問いやイントロダクションを組み立てるのだ」と論文指導をしている先生は何人も見かけたことがあるのですが、そういった先生が言っていることも要するにアーギュメントが第一であり、問いは後から作っても構わない程度のものであるということを示しているのだと思いました。

また、先行研究の批判とは単に先行研究の欠如を挙げることではなく、アカデミックなディスコースやそれぞれの位置づけを自ら行ったうえで自分のアーギュメントのアカデミックな価値・意義を示すことであるという主張や、アーギュメントからさらに一段上に向かうコンクルージョンの書き方についても、うなずくところが多かったです。

最後の「発展編」の2章も、特に学位を取って新しい研究を始めようとしている人(自分も含む)には示唆に富んでいるというに思いました。特に9章の人文学の意義などはなかなかラディカルな主張でありながらも、意外と社会科学と通ずるところがあるように思いました。私自身は人文学も「役に立つ」と思っているので、「役に立たないからこそ役に立つ」などと一休さんみたいなことを言わず、この著者のように真正面から堂々と答えたらいいのになといつも思っています。

細かいことをいえば、2章のアカデミックな価値の説明における、学位の位置づけは少し違和感がありました。修士であろうと博士であろうと、学術論文単体はアカデミックな価値を持ちうるでしょうし、学位はその蓄積や努力に対して研究機関から与えられるもので厳密には別のものさしなのではないでしょうか。

ただそうした細かい違和感を置いておけば、この本は初学者にも十分進められる論文執筆指南書です。また、こうしたテクニックを明示することに批判的な研究者もいるようですが、9章・10章の「発展編」を見ると、著者の目線の先にはもっと大きな目標があることも見て取れると思います。大学院進学を視野に入れる卒論生から若手研究者まで、広い範囲のオーディエンスに読まれる価値があると思います。

広田照幸『学校はなぜ退屈でなぜ大切なのか』

週刊読書マラソン第24号は、広田照幸『学校はなぜ退屈でなぜ大切なのか』(筑摩書房、2022年)です。なぜか読んだ気がしていたのですが、読んでいませんでした。そしてなぜか2冊持っていました。

 

 

本書の面白かったところ、新しく学んだところ

正直なところ、第1章から第3章は、一般の方にわかりやすく書いているという意味では意義があるものの、自分自身としては比較的既知の議論が多かったです。ただ、2章で「平和で民主的な国家及び社会の形成者」という教育目標が法令上存在していることを取り上げるところなどは、筆者の立場も現れているようで興味深かったです。3章でコメニウスが出てくるところもなんとなく好みです。

個人的に面白かったのは、4章から6章(道徳教育、平等と卓越、AI)の各論的な章です。こうした各論的な議論は本書のメインテーマとはまた違うのでしょうが、もう少し掘り下げてもらっても面白いかなと思いました。あまり普段自分自身は未来予測みたいなことに力を入れていないので、AI社会がもたらす教育の危機の話などは新鮮に目に映りました。結局、人間が生きる社会構想が大事、という話になるわけですね。

ともあれ、主語が大きい「教育」についての話は、だいたいこの本(の特に前半)で押さえられているという印象を受けました。

パク・キスク『図書館は生きている』

週刊読書マラソン第23号は、パク・キスク『図書館は生きている』(原書房、2023年)です。

前回に引き続いて図書館関係の本ですが、こちらはノウハウ本ではなくエッセイですね。エッセイを取り上げるのは初めてな気がします。

 

 

本書の面白かったところ、新しく学んだところ

前回の『調べる技術』にもつながるような、司書さんのレファレンスの話題も興味深かったですが、個人的に一番面白く読んだのは蔵書廃棄の話でした。公共図書館国立図書館大学図書館と役割が異なるために、新たな図書を購入するということは、利用の少ない図書を廃棄することと表裏一体ということでもあるとのこと。しかも棚をぎゅうぎゅうにすることもできず、三分の一は空けておかなければならないとなると、見た目以上にキャパシティは有限なのだなと思わされます。

特に、買う図書の選書もそうですが、どの本を捨てるのかという選書も難しいテーマだと考えました。研究に有用であるから、あるいはアーカイブとして貴重であるから、という選書基準を公共図書館が取らないとしたら、何が公正で民主的な選書基準となるのでしょうか。「市民がよく利用する/しないから」というのは市民が納税者である以上確かにひとつのロジックではありますが、それだけをもって民主的な選書とも言いがたいように思います。このテーマは自分なりにもう少し議論を追いかけてみたいなと感じました。

他にも、楽器を貸し出す図書館や、著者を始めとする図書館旅行という趣味も新鮮な話題でした。もちろん、検閲やプライバシーとの戦いであるとか、移民やホームレスといった市民の包摂など、公共図書館におなじみの政治的論点も多く含まれていて、そういった幅の広さも魅力的な一冊です。

小林昌樹『調べる技術』

週刊読書マラソン第22号は、林昌樹『調べる技術―国会図書館秘伝のレファレンス・チップス―』(皓星社、2022年)です。

どういうわけか昔からレファレンス界隈の仕事になんとなく興味があるのと、身近にこれを仕事にしている人もいるので、本書は前から気になっていました。

 

 

本書の面白かったところ、新しく学んだところ

サイズは薄いですが、中身は結構マニアックで面白かったです。初出がメールマガジンの連載?だったようなので、例えば『文献調査法』のような、網羅的にレファレンスの具体的なツールを紹介している本とはちょっと違います。また、そもそも本書の大部分はインターネットで使えるツールを用いているのも特徴的です。

ただ、それはこの本の欠点ではなく、むしろレファレンスツールそのものが流行り廃りの非常に激しいものであることを念頭に置いていて書かれているといえます。『文献調査法』は買ったそばからレファレンスツールが変わり、刻一刻と改訂されてしまいます(私の手元にあるのは第6版ですが、あっという間に第10版になってしまっています)が、本書は第3講のNDL人文リンク集や第13講のパスファインダーなどのメタなレファレンスツールを紹介することによって、そうしたツールの変更についていくことを可能にしています。あと、個人的には自分の目的に合ったパスファインダーを探すのもそれはそれで大変、という説明にはかなりうなずいてしまいました。

特に面白く読んだのは第4講の人物情報、第6講の新聞記事、第7講の雑誌記事でした。昨今はNDLのデジコレもどんどんデジタル化が進み、個人送信も増えてきていてほくほくですね。

本書を読んで改めて思ったのは、せっかく大学に勤めているのだから、大学図書館が契約しているデータベースはまずあたらなくてはならないな、ということです。つい最近も、個人でKOD(研究社Online Dictionary)を契約した後で、大学のネットワークから使い放題であることを知るというやらかしがありました……。

 

今井むつみ『英語独習法』

週刊読書マラソン第21号は、今井むつみ『英語独習法』(岩波書店、2020年)です。

以前気になって軽く手に取った覚えはあるのですが、きちんと読んだことがなかったのと、ふとしたきっかけで最近また英語学習への熱が再燃してきていることもあって読んでみました。

 

 

本書の面白かったところ、新しく学んだところ

完全にネタバレになってしまいますが、英語の力をつけるとは、英語のスキーマを身につけるということなのだ、という極めてシンプルな主張が本書の核心にあります。本書は、それを身につける簡単な方法を伝授してくれるというものではなく、最新のオンラインツールなどの助けを借りながら、一つ一つ習得していく方法を教えてくれている本といえます。

本書が書かれた2020年と状況が大きく変わっている点があるとすれば、やはり生成AIの登場でしょう。生成AIも大量の英語のデータを学んでいるという点では(玉石混交とはいえ)コーパスの一種として捉えることができます。ネイティブの人がいないと教えてもらえないニュアンスを、生成AIから学ぶということもかなり現実味を帯びてきているようにも思います。

青田麻未『「ふつうの暮らし」を美学する』

お盆ですね。週刊読書マラソン第20号は、青田麻未『「ふつうの暮らし」を美学する―家から考える「日常美学」入門―』(光文社、2024年)です。

 

 

本書の面白かったところ、新しく学んだところ

そもそも美学が哲学の仲間であることも知らなかったので、各章で示される個々の知見や論点はどれも興味深かったですが、個人的に一番面白く感じたのはたぶん、美学という学問の議論の仕方、考え方みたいなものだったように思います。そういうところが論点になるのだなとか、先人の議論をそういう風に批判するのだなとか、そういった自分が慣れ親しんでいるものとは異なるディシプリンの新鮮さ(でも共通点も多くあったと思います)が印象に残りました。

あと具体例が多く取り上げられていたのも読みやすかったです。特に挙げられている漫画やドラマなどの中には、私も見たことがあるものもいくつかあったのですが、それでも例えば「いちばんすきな花」などは自分はぼーっと見ていたので、著者が本書の中でしていた意味付けなどはまったく思いつきませんでした。

4章の地元の散歩の話を読んでいて勝手に思ったのは、「聖地巡礼」ってどう意味づけられるんだろうということでした。もちろん全く行ったことがない土地に「聖地巡礼」することもあると思うのですが、例えば同じ生方美久の「silent」の聖地巡礼で賑わった世田谷界隈なんかは、(下北沢などを除けば)東京暮らしの人からすればそれほどわかりやすく新奇性にあふれた場でもない気もします。それでも、ドラマで見たあの景色だ!と思って世田谷に来るのは、地元とは違うけどドラマを見ているからこその「親しみ」や、凡庸な景色をドラマの風景と重ね合わせる「新奇さ」など、また特有の美的経験がありそうだな、みたいな適当なことを思いました。

あとは、具体例が多かっただけでなく、5章から終章にかけての美学の「実践」との距離も面白かったです。個人の実践に世界を少しずつずらしていく可能性を見出すところは、社会科学とも重なるところは小さくなさそうです。

渡辺貴裕『授業づくりの考え方』

学位取得やら、ピンチヒッターのお仕事やら、学位記授与やら、コロナ感染やら……と挙げたらキリのない怒涛の日々で月刊になっておりました。週刊読書マラソン第19号は、渡辺貴裕『小学校の模擬授業とリフレクションで学ぶ 授業づくりの考え方』(くろしお出版、2019年)です。

 

 

今回からは、更新のハードルを下げに下げるため、「本書の構成」を割愛したいと思います。

 

本書の面白かったところ、新しく学んだところ

一番最後に「ポイント一覧」があり、それももちろん役に立つのですが、個人的にはそうしたポイントそのもの以上に、「どうやって模擬授業によってリフレクションを行うのか」が具体的なイメージとして立ち上がっているのが本書のかけがえのない魅力だと感じました。最後の付録セッションとか、学生さんが実際にリフレクションを体験してみるのにとても良さそう。

また、合間合間のミニレクチャーも、模擬授業やリフレクションにあたって気をつけたいポイントがコンパクトに示されていて示唆があります。こちらは教師教育者にとって勉強になるところばかりで、授業研究や教育方法論系の授業にいつかぜひ活かしてみたいなと思いました。