週刊読書マラソン第13号は、岡真理『ガザとは何か―パレスチナを知るための緊急講義―』(大和書房、2023年)です。この週刊読書マラソンは、基本的には私自身の専門や仕事とは関係のない読書をするための一つのきっかけとしてやっているのですが、今回のこの本は、今こそすぐに読まないといけないのではないかと思って手に取りました。
岡先生の仕事のなかでは、かつてポストコロニアルの勉強を個人的にしていた際に『彼女の「正しい」名前とは何か』を読んだことがありました。本書は、岡先生なりの人文学のあり方を示したものとして、私の目に映りました。
本書の構成
■第1部 ガザとは何か
4つの要点/イスラエルによるジェノサイド/繰り返されるガザへの攻撃/イスラエルの情報戦/ガザとは何か/イスラエルはどう建国されたか/シオニズムの誕生/シオニズムは人気がなかった/なぜパレスチナだったのか/パレスチナの分割案/パレスチナを襲った民族浄化「ナクバ」/イスラエル国内での動き/ガザはどれほど人口過密か/ハマースの誕生/オスロ合意からの7年間/民主的選挙で勝利したハマース/抵抗権の行使としての攻撃/「封鎖」とはどういうことか/ガザで起きていること/生きながらの死/帰還の大行進/ガザで増加する自殺/「国際法を適用してくれるだけでいい」
■第2部 ガザ、人間の恥としての
今、目の前で起きている/何度も繰り返されてきた/忘却の集積の果てに/不均衡な攻撃/平和的デモへの攻撃/恥知らずの忘却/巨大な実験場/ガザの動物園/世界は何もしない/言葉とヒューマニティ/「憎しみの連鎖」で語ってはいけない/西岸で起きていること/10月7日の攻撃が意味するもの/明らかになってきた事実/問うべきは「イスラエルとは何か」/シオニズムとパレスチナ分割案/イスラエルのアパルトヘイト/人道問題ではなく、政治的問題 ■質疑応答 ガザに対して、今私たちができることは?/無関心な人にはどう働きかければいい?/パレスチナ問題をどう学んでいけばいい?/アメリカはなぜイスラエルを支援し続けるのか?/BDS運動とは何?
(大和書房より抜粋)
本書の面白かったところ、新しく学んだところ
中東問題についてはまったくの素人なので、むしろ新しく学んでいないことを探す方が難しい気もしますが、だいたい以下のようなところが特に印象に残りました。
まず、岡先生がどちらのパートでも繰り返し書いていたように、パレスチナの問題が人道的危機の問題ではなく、イスラエルとパレスチナをめぐる政治的な問題であるということでした。外野(では決してなく、イスラエルに加担していることからは逃れられないのですが)の我々からすると、どうしても日々のニュースの中でのガザの惨状ばかりが目についてしまいますが、歴史的経緯から現在起こっている問題を捉えること、例えば根本的な問題としてのイスラエルによるガザ封鎖を批判しなくてはならないことを学びました。
また、ガザの動物園の話は、ガザの中でも豊かな子ども時代をなるべく送らせようとする大人の存在に心を打たれました。他方で、その結末にも心を痛めました。
そして冒頭に述べたことですが、岡先生の人文学者としてのスタンスが窺えました。他者の人間性の否定こそがヒューマニティの喪失なのだ、という立場は、まさに自分に突き刺さるものでした。その意味で、国内のさまざまな差別問題に対して、「私たちが私たちの闘いをしっかり闘うこと」も大切ですし、差別として可視化されていないが、理解が難しいとされる他者について、理解しようとする努力を放棄しようとしないことが人文学的なあり方なのだなと思わされました。
本書を通読してなお、私が理解が難しいなと思ったのは、イスラエルの人々の立場です。イスラエルの国際法違反は当然法的に裁かれるべきものですが、このような蛮行に至るまでの歴史的経緯のなかには、祖国が生まれたときから当たり前にあり、ある意味で自らの居場所を問う必然性のない「日本に住む日本人」である自分の想像を絶する部分があるのではないかと考えました。もちろん現代はグローバル社会だとか、地球市民だとか言うこともできますし、祖国がなくともユダヤ教を信じる共同体なのだというアイデンティティもあり得るのかもしれませんが、選択肢があるなかでそれを選び取ることと、その選択肢しか残されていないことの間には大きな違いがあるように思います。
こうした状況や歴史的経緯にもかかわらず、イスラエルを非難する勇気をもつ世界各地のユダヤ人の勇敢さには目を瞠るものがありますし、イスラエルにいる人々が公然とそれを批判することの難しさも無視しづらいように思いました。歴史的な遠因を考えれば、ヨーロッパがきちんと引き受けていかねばならないはずなのですが。
本書中にあった「地獄とは、人々が苦しんでいるところのことではない。人が苦しんでいるのを誰も見ようとしないところのことだ」という言葉を胸に刻みつつ、今後は自分にできるささやかな意見表明をしていきたいと思います。