週刊読書マラソン

積読消化をめざすささやかな悪あがきの記録

小野寺拓也・田野大輔『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』

週刊読書マラソン第10号は、小野寺拓也・田野大輔『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(岩波書店、2023年)です。岩波ブックレットなのですが、2月は忙しい日々が続くので、しばらくライトな読み物が続きます。そしてやっぱり月曜更新にはできませんでした(白目) でも無事に10号までは来られましたね。

 

 

 

本書の構成

はじめに
第一章 ナチズムとは?
第二章 ヒトラーはいかにして権力を握ったのか?
第三章 ドイツ人は熱狂的にナチ体制を支持していたのか?
第四章 経済回復はナチスのおかげ?
第五章 ナチスは労働者の味方だったのか?
第六章 手厚い家族支援?
第七章 先進的な環境保護政策?
第八章 健康帝国ナチス
おわりに
ブックガイド

岩波書店より)

 

本書の面白かったところ、新しく学んだところ

私自身は「ナチスがしたことにだっていいことはあったんだろう」とまでは思っていなかったのですが、実際に本書を読んでみると、民族共同体と戦争のため(そしてその手段としての世論の支持獲得のため)だったら徹底してなんでもやるところに、予想を遥かに上回るおぞましさを感じました。しかもそれがそれなりに多くの人々を(ある意味では現在までも)魅了するものであるというのが二重に恐ろしいところです。

著者らは〈事実〉だけでなく〈解釈〉も吟味・検討するのが歴史学であるという立場に立っていますが、そういう意味では保守派定番の「江戸時代の日本は素晴らしかった!」みたいなやつもやっぱり同根だなあと思いますし、歴史教育などで行われがちな「昔の人になったつもりで想像してみよう」みたいなのもあんまり筋がよろしくないなと改めて思いました。

だいたい前半の4章まで読み終えると、ナチの思考パターン(および本書の議論のパターン)がだんだん読めてくるようになり、5章から先は「やっぱり……」という答え合わせになっていく感覚がありましたが、それがまさに冒頭で書いた、目的のためだったら政策を徹底して行うナチの特色なのでしょう。

そういう意味で本書はライトで読みやすかったのですが、個人的に特に興味深いと思った点が4点ありました。1つ目は、3章にあるようにナチの支持が必ずしも純粋に感情的・熱狂的なものだったわけではなく、経済的な利益と結びついていたことです。これは広田照幸の『陸軍将校の教育社会史』を彷彿とさせました。

2つ目は、6章にあるように手厚い家族支援やえげつない政策を取ったところで、国家がプライベートの極北である生殖に干渉するのはやはり極めて難しいことなんだなということでした。

3つ目は、7章の環境政策のところで、そもそもナチにおいて自然保護政策が民族共同体と結びついた、どっちかというと右寄りの政策であった(しかもその構図は戦後しばらく続いた)ことも面白かったですし、自然保護政策と戦争遂行政策の行政上の綱引きの結果、保護された森があったことは、皮肉にもめちゃくちゃ政治的で人間臭いなと思わされました。

最後は、8章の健康政策について、保守派の人々だけでなく反対の立場の人たちからもナチの政策になぞらえて昨今の状況を「禁煙ファシズム」と揶揄されることがあるが、それはナチのファシズムの背後にあったものを軽視してしまうからよくないという筆者の主張が印象に残りました。例えば昨今「ハラスメント」も色々なものが言われるようになりましたが、権力勾配の存在など、その概念を用いることの意義をよく考えず、「人権侵害」で済むところまですべて「ハラスメント」と言ってしまうと、ハラスメント概念が希釈されてしまい、その有用性を失う危険があるな、などと考えました。

ナチの異常性はよくよくわかったのですが、現在でも〈解釈〉が吟味されずに〈事実〉が流布されることを考えると、ナチそのものを糾弾するだけでは不十分であり、どのようにすれば民衆の側がファシズムや戦争にノーと言えるのかを検討せねばならず、そしてそれは「おわりに」で書かれているように、なかなか根深い問題であるように思います。